201406

テーマ  健康を保つ~運動器の痛みに隠された秘密 
講 師 愛知医科大学 学際的痛みセンター
     センター長(教授)牛田享宏 氏    
    開催日 平成26年6月13日(金)  
    会場  SYONシオン 隠れ家風ダイニングバー
皆さんの中で痛みを経験したことのない方はいないと思います。
ただ、「痛み」という定義については、皆さん知りません。
痛みとは「組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害をあらわす言葉をつかって述べられる
不快な感覚・情動体験」というのが定義です。
右手をつねられた場合、痛みのシグナルは右手から、右の首のところへ神経を通って入っていきます。
右の首のところに入っていくと、右の脊髄に入り、左の脊髄を伝わって、視床に入ります。
そこから、体性感覚野というところに伝わります。
そこで手が痛いとか、つねられているとか、そういうことを経験するのです。
もうひとつ、内側の脊髄を上がっていく道があります。
そうすると大脳辺縁系というところに伝わり、辛いとか、苦しいということを経験します。
この両方あるのが痛みです。
痛みというと、年配の方が多いという印象だったのですが、実はそんなことはありません。
30代、40代、50代の方が多い。
慢性痛とも関係する介護を受けないのは何歳までかという健康寿命といわれているものがあります。
男性が70歳、女性が73歳。
10年くらいは介護を受けながら生きていくことになりますがその大きな原因が慢性痛ということは大切な部分です。
腰椎の障害の場合、腰が痛いというよりも脚が動かないのが最も深刻な病態といえます。
なぜなら、頭からの指令は、全部、腰を抜けて、足に伝わるため腰が本格的に悪いと、脚が動かなくなるのです。
神経が圧迫され、脚が麻痺すると手術になりますので、そういうことを見極めるためには、神経を診察する必要があり
ます。
しばしば行われるレントゲンなどの画像検査は写真であって、痛みや神経の病態を直接反映しているわけではないと
いうことを知っておいて欲しいと思います。
繰り返しになりますが、腰や頸の痛みだけでいきなり手術をすることはありません。
腰椎はどんなときに手術をするかというと、腰椎で神経が圧迫されて麻痺した際に手術を考えるのが原則です。
すなわち脚が動かくなってきたから手術をする。
金属を入れたりするのは、どこかがグラグラして、神経が刺激されないように固定するのです。
手術結果としては、腰の手術によって、痛みがなくなったという人は25%。
しびれもそうですが、しびれが残ってしまう人は70%
くらいいます。
手術をしたからといって、痛みやしびれがなくなる
というわけではないということも重要です。
安静にしている方が痛くないというデータがあります。
ところが調べていくと、運動習慣がある人と、ない人
とを比べると、習慣がない人の方が、慢性痛になる人が
多いのです。
痛いからといって動かさないと、筋力が低下してきます。
健常者を90日間、寝かしておくとどうなるかという実験
をすると、太腿の筋肉が17%落ちるという結果が出てい
ます。
痛いと安静にしようとしますが、安静にすると、まず軟骨が圧迫しますし、関節滑膜が癒着したりします。
また筋肉が痩せてきます。
特に、タイプ1線維と呼ばれる筋肉が痩せます。この筋肉が痩せると、持久力がなくなる。
この傾向が引き起こされるのは早く、動かないと10日間くらいで、そういうことが起こってきます。
ぎっくり腰になったからといって、長期間、動かさずいると、40歳くらいの人でも前傾姿勢ができなくなってしまう
のです。
腰痛に戻ってみると、腰痛で原因がはっきりするのは15%です。
そういうものに対して、一番効く、運動療法としては、腰に限った運動をするのではなく、様々な身体活動をすること
が、痛みの軽減につながる、精神的健康も回復する、ということが、わかってきました。
なぜかというと、腰の下には、脚や、膝があるわけです。
腰の上には、背中がある、首がある、全てつながって動いているので、全体が良くならないと、腰が良くなるわけは
ないのです。
患者さんが我々のところへ来るのは、痛みをとって欲しいからです。
ただ、痛みが完全にとれる確証はありません。
なぜかというと、痛みが続く病態の中には筋肉の問題、関節の問題、記憶の問題などがあるからです。
はっきりしている部分は痛いからと言ってじっとしていると、動けなくなる。
また、痛みを薬で完全にコントロールできるという誤った考え方をもった人がいますが、とてもまずい考え方です。
薬には副作用があります。痛みがあっても、しっかり考えられなかったりふらついたりすると困ることになります。
ある程度、痛みがあっても、動けるということをゴールにしないといけません。
そのためには、まずは体つくりということになりますが、だいたい65歳未満の男性で一日9千歩、女性で8千歩。
66歳以上は、男性7千歩、女性6千歩、歩くのが目標とされています。
私たちの体は動くことで機能を維持しているのです。
心理的な問題は痛みの慢性化や維持に大きく関与しています。
例えば、むち打ち。
むち打ちの概念がない国、ギリシャでは交通事故にあっても、すぐに治ります。ところが日本は治らない。
カナダでは、むち打ちに対して、保険がおりなくなったら、すぐに治る。
何かに夢中になっているときは、痛みを忘れています。夜になって痛み出す。
これらは心理的なものなのです。
こういう実験があります。
MRIの中に入って、滅茶苦茶、手が痛いという人に、手を触られるビデオを見せるのです。
本人には、知らされていませんが、実際は、その人の手に触れるのではなく、別の人の手に触れます。
健常者は、脳の後ろの方だけしか、活動しないのですが、手が痛いと言っている人は、頭の前の方が活動します。
脳の前の方は、前頭葉といって、記憶に関係しているところです。
こういう人たちは、ビデオを見ただけでも、2日くらい仕事も何もできないくらいに苦しむのです。
ビデオで見るということと、実際、痛みを経験することというのは、脳の中では、ほとんど同じ経験をしてしまうと
いうことです。
半年ほど前に、左足をねじってから、風が吹いても痛みを感じるほどになった10代の女の子がいました。
彼女は、足が腫れ、足の骨が痩せ、とてもじゃないけど、足が伸ばせない。
地に足を着けることもできず車椅子で来られていました。
カウンセリングをする中で、わかったことがありました。
その子の家には、義理のお兄ちゃんが住んでいたのです。
お父さんは、義理の兄をすごくかわいがっていました。
あるとき、お兄さんが県外に就職したのです。
それからは、お父さんは、女の子のリハビリに参加するようになった。
彼女も、すごく喜んでリハビリをやるようになった。
そうしたら、足をつけてちゃんと歩けるようになったのです。
お兄さんが県外に就職したことが良かった。こういうことがあるのです。
心の問題というのは、体に影響してきます。
心と体は、切り離しているようで、切り離すことができない、ということを知っておいていただけたらと思います。