2008年5月例会報告

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■■親子間事業継承■■
幼い頃から私は、営んでいる業に対しての思いが強く、
父の事業を継ごうと決めたときも、
当時、従業員が200、300名いましたが、
おそらくこの中の誰よりもお菓子に対する思い入れは負けない
と思っていました。
2日間で約50件、
食べたケーキの数は一人で300以上の食べ歩きをしたことも
あります。
ところが、時代が変わり、
インターネットが普及し、
店舗がなくてもケーキが売れる時代になり、
コンビニでもケーキが1個からでも買える時代になってくると
多店舗展開の論理が通用しなくなりました。
そこで当時、
私が何を考えたかというと、
店舗をやめるために、
もしくは工場を1つ閉鎖するためにどうしたらいいのか
ということでした。
ただ、当時の役員会では
それに対する結論をどうしても出すことができなかった。
そこで私は、
「同じ会社の中ではムリだろうな」という思いから、
自分の退路を絶って覚悟を決めようと思ったのです。
会社を辞め、
そして自分で会社を作って、
まずは本体が売っていないマーケットを自分で作りました。
本体が売っていないマーケット。
それは、お葬式でケーキを売るということでした。
そういう実績をもとに、
いよいよ本体をどうしようかと考え
営業権を取得するという形で、
全従業員、全取引先を引き継ぐことで事業継承を
したわけです。
新体制になってからの第一回目の役員会。
半年後に全店舗撤退、閉鎖、工場売却ということについて
審議していただきました。
当然、役員として迎えられた旧会社のメンバーたちは、
目が点になるわけです。
そこでは当然、折り合いがつかず、翌日、出てきたのが
全員からの辞表。
このとき役員に、
「辞めるのであれば、辞めていただいて結構です」
と腹を据えて言えたのは、
この会社を作ったのも自分、
お金を借りるための連帯保証人の印鑑をついたのも自分、
全責任を負って、全て私自身のジャッジで動いてきた
という強い思いがあったからです。
自分もそれなりの覚悟を目に見える形で示して
物事に取り組んでいくことは、
後継者には絶対に必要だと思います。
創業者が後継者に一切の口出しをしない。
これはまさに私の父のことです。
その結果、
全店、無事に撤退もでき、
それに代わる売上げも作れ、
会社もブランドも残り、
お取引先も減らすことなく、事業の再編が終わったのです。
2つあった工場も1つに集約しました。
今、私の前の会社は、
自社物件はゼロの状態で、
自己売上だけで全てがまわる業種業態に変わっています。
まとめとして、事業継承で創業者に大切なことは・・・
1. 創業者が後継者に任せられない。
  可愛さゆえ、矢面に立たせることができないと思うならば
  生涯現役を続けるべきだと思います。
  もしくは、
  会社の売却、会社の清算も立派な選択肢だと思います。
2.自分と絶対に比較をしない。
  創業者のものさしを、後継者にあてられたら、
  やる側はたまったものではありません。
3.任せたならば、ひたすら信じる。
  無言の応援です。
  任せたということは何も言わない。
  ゼロになってもやらせるという腹があってはじめて
  任せたといえるのではないかと思います。
後継者に大切なことは
1.後継者は従業員の誰にも負けない事業に対する熱い思いと、
  圧倒的な実績を持つ
2.将来、自分が事業を継いだときに、
  この事業をどのように展開していくかという発展に向けての
  青図が描けるのかどうかが大事。
  それが描けなければ、
  継いだとしてもおのずと消えていくことになってしまいます。
3.例え、極端な話、全従業員がいなくなっても、
  一人で絶対にやりきってやるという強い決意と思いを持つ
4.全ての出来事に対して絶対に逃げない。
  どんな場面になっても矢面に立つ勇気が必要だと思います。 
■■第二創業■■
今、私は、インディペンデンスという会社で
バスケットボールという違う世界をやらせていただいています。
私が24歳のときに、
自分の「高い志」として「人々にハッピー&スマイルを」、
このために自分は生きていくんだということを掲げました。
私が掲げているキーワードは3つ。
1.お菓子
2.バスケットボール
3.ホワイトハウス
これをもとに事業を組み立てています。
1916年4月に創業し、菓子事業としては今年92年目です。
2015年が創業100周年。
今、私が考えて動いているのが創業100周年に向けて、
祖父がやっていたお団子をアメリカで展開をしたい
ということです。
日本のお菓子の文化というのは、
和菓子に代表されるように包み込む文化。
一方、
洋菓子の世界というのは、外へトッピングしていく文化です。
お団子に洋菓子の文化を取り入れ、
そこにアメリカのエンターテイメントの要素を組み込んだら、
お団子はもっと面白い世界になるだろうと思います。
じゃあ、なぜ今の事業がバスケットボールなのか?
最初からお団子を持っていくことも可能だと思います。
でも私が持っているネットワークや友人知人というのは
大学の留学時代の限られた人たちです。
そこで、
アメリカの国技ともいえるバスケットボールを
日本で普及しながら、
バスケットボールでのネットワークをアメリカで先に作れば
友だちが増やせる。
いろんな意見も聞けるようになるわけです。
そこで昨年、私たちは、
世界初、多店舗展開型のバスケットボールレンタルコート
事業として、1号店を愛知県一宮市に開設しました。
ここはカフェテリアでお茶もできる複合施設になっています。
バスケットボールだけでは弱いので、
もうひとつ3年前に目をつけたのがホワイトハウスです。
「ホワイトハウス クリスマスオーナメント」という
毎年ファーストレディーがデザインに関わるクリスマスツリーの
飾りの販売をしています。
アメリカで団子の事業をやるのは2011年と決めています。
2015年には200店舗を目指しています。
今、年に2回、
アメリカの幼稚園、保育園、小学校の新しい体育館の
建設協力金として
レンタルコートの売上げの一部を、
ファンドを組んで寄付をさせていただいています。
これからは環境問題も大事ですが、
スポーツを通して社会貢献をするという活動も
必要になってくるだろうと思います。

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